ドラゴンクエスト3
ドラゴンクエスト外伝〜そして、もう一つの伝説へ……〜
第一部・伝説の始まり
著作者:異界探訪
Kira’sQuest徹底攻略広場 ドラゴンクエスト3

  第二章 精霊の啓示と旅立ち

 (一)
 
 「こらぁ、ドロボー!」
   タッタッタッタッ…………ドンッ
 「うわっ、……あいてて。ったく、どこ見て歩いてん、だ……。げ、ラミィ姉ちゃん」
  家から一歩踏み出したラミィにぶつかったのは、彼女の良く知る街の少年だった。
 「こら、前を見てなかったのはどっち? それに、その手に持ってる物。またやったのね」
 「ご、ごめんラミィ姉ちゃん。オレ、急ぐからさ。じゃ」
 「あ、ちょっと……。もう」
  ラミィは呼び止めようとしたが、少年は慌てて路地を曲がって駆けて行ってしまった。それからワンテンポ遅れて、反対側の角を恰幅のいい男が体を揺らしながら、お世辞にも走っているとは言いがたい速度でやって来た。
 「おはよう、おじさん」
 「はぁ、はぁ。やぁラミィ、おはよう。それより、トッポの奴が来なかったか? あいつ、また店のパンをくすねて行きやがって」
 「トッポなら……」
  言ってラミィは、肩越しに後ろの路地を親指で指し示す。
 「でも、今からじゃもう追い付けないわねぇ」
  ラミィは、男の突き出た腹を眺めながら面白そうに言った。
 「ふう、やれやれ。今日こそはって思ったんだがなぁ。全く、よく飽きもせず毎日毎日やってくれるもんだ」
 「あら。おじさんだって、よく毎朝追いかけっこが続くわね。そう言えば、少しお腹が引っ込んで来たんじゃない?」
 「そうかね? ははは、まあいい。ラミィ、今度会ったらお前さんからも少し言っといてくれ。いやね、私は何もパンが惜しい訳じゃないんだよ。あの子がパンを食べたいってんなら、喜んで食べさせてやるつもりだよ。あの子の境遇は、解ってるつもりだからねぇ」
  ややうつむきながら言ったその言葉に、ラミィの表情がわずかに曇る。
 「ええ、解ってる。あたしだって……。とにかく、会ったら言っとくわ。それよりおじさん、お店の方は大丈夫なの?」
 「ああ、そうだったそうだった。それじゃあ私は店に戻るとするよ。じゃあな」
  ラミィの指摘に、男は再び体を揺らしながら店の方へと戻って行った。
 「う、うーーん。はぁ、今日もいい天気ねぇ。街の外を魔物がうろついてるなんて、まるで嘘みたい」
  ラミィは大きく伸びをすると、手にした鞄を肩にかけて通りの方へと歩きだした。街の中心を通る大通りには、朝も早くから市場が並んでいる。それらは人々の生活に近い場所から、食料、雑貨、衣服、そして市場には余り似つかわしくない武具の順に並んでいた。
  元々このルークラッドの街は様々な職工が盛んで、中でも武具の生産量と質にかけては世界一を誇っていた。一流の腕前を持つ職人たちは遠くの国からも注文を受け、時には自らの足で出向いて作業を行う事もあった。そうした需要は世界に魔物が現われるようになってから益々増えていたが、同時に今まで剣や鎧と無関係だった一般市民と言う新たな購買層も広がっていた。今や隣の街や村に行くのでさえ、武具は必須という有り様だったのだ。
  ラミィは市場を、街外れの方に進んで行った。道行く人々とあいさつを交わし、途中花屋によってから教会へと歩みを進めた。徐々に人気も少なくなり、辺りには農家が点在するだけとなってゆく。その農家の一軒から、人の良さそうな婦人がラミィの姿を見留めて寄って来た。
 「あらラミィ、今日はこの辺でお仕事? フォートさんの所かしら。こないだ、馬の鞍が壊れたとか言ってたけど」
 「おはようございます、メアリおばさん。今日は仕事じゃないの。今日……だから」
 「ああ、今日だったわね」
  メアリはラミィの手に握られた花を見て、ようやく思い出したようだった。
 「早いわね、もうあれから十三年も経つのねぇ。あなたも、もう十六だったかしら」
 「ええおばさん、あと十日で十六よ。あたしも、そろそろ身の振り方考えないとね」
 「そうだわね。でも、あんまり無理するんじゃないわよ。それと、また近い内に寄ってちょうだい。頼みたい仕事があるから」
 「分かったわ。じゃあこれで」
  ラミィはメアリに別れを告げると、再び教会を目指して歩きだした。そして脇の道へ入って行くと、一つの墓標の前で足を止めた。
 「父さん、母さん……」
  ラミィは花束を、そっと墓に供えた。しかしその土の下には、亡骸は一つしか埋まっていなかった。
  ラミィの父親、アウザーもまたルークラッドで一、二を争う防具職人だった。あれは十三年前、アウザーは南の大国ガルナシアの王直々に呼ばれ、竜騎士たちの鎧を新調するべく赴く事になった。アウザー程の腕になれば大国からの注文は珍しくなかったが、実際に出向いて行くのは初めての事だった。しかし往復の日数がかかる以外には、大した問題も無いはずだった。せいぜい一ヵ月かそこら留守にするだけだと、誰もがそう思っていた。だが結局、アウザーが幼い我が子の元に戻ることは無かった。
  母親はその時のショックで寝込みがちになり、それでもラミィが一人前になるまではと頑張って来たのだが、三年前に力尽きてこの世を去ったのだった。父親を失った時ラミィはわずか三歳だったが、余りに残酷な現実を、既に理解していたのであろう。父の遺した技術ノートを片手に、幼いながらに職人としての技術を覚えていった。そして十歳になる頃には、簡単な防具や馬の鞍を作ったり、家庭の雑多な物を修理するくらいの能力を身に付けていた。そして母親を失ってからは更に、遠くの街へも出かけて行けるように剣の修行も密かに行っていた。
  そんなラミィを、街の人々は暖かく見守っていた。とりわけ両親を魔物に殺されたトッポは、同じ境遇からラミィを実の姉のように慕い、よく一緒に遊んだりもした。ラミィが剣の修行をしているのを知っているのも、トッポただ一人であった。そうであったから、ラミィもトッポの事は気になっていたのだ。
 「ふぅ、トッポも悪気がある訳じゃ無いのよねぇ。父さん、母さん、どうしたらいいと思う?」
  ラミィは何気なく十字架の上に手を乗せた。するとその瞬間、ラミィの脳裏に何かの映像が流れ込んで来た。
 「な、なに今の。何かが頭の中に……」
  しかしそれは一瞬の出来事であり、頭に浮かんだ映像が何であったのか、どうしても思い出せなかった。結局ラミィはただの気のせいだと自分に言い聞かせ、その日は墓地を後にした。
  その夜ラミィは夢を見た。街の入口に立っていて、街の人々と向かい合っている。パン屋の主人、メアリおばさん、そしてトッポ。みな口々に何かを言っているが、その言葉は聞き取れなかった。そうこうする内に場面が変わり、ラミィはどこかの神殿の中にいた。見覚えのある床のモザイク模様、そして自分と何かを話している神官らしき老人。その時、ラミィは突如としてベッドの上に跳ね起きた。
 「そうだわ、思い出した! あれは、あの映像はダーマの……し、ん、で…………。すぅ、すぅ……」
  しかしそれだけ言うと、ラミィは再び深い眠りについた。そして、夜は白々と明けていった。
 
 
 (二)
 
 ・その日ラミィはいつもより早く家を出た。自分で作った革の鎧を着込み、腰には大振りのナイフを差している。通りの市場はまだ準備で忙しくしており、いつもと違うラミィを気に留める者はいなかった。彼女はそのまま通りを抜け、そしてパン屋の前を通りがかったとき、中から飛び出して来たトッポにぶつかって足を止めた。
 「あ、ラミィ姉ちゃん。あれ、その格好?」
 「こら、今日こそは逃さんぞ……って、ラミィか?」
 ・続けざまに現われた二人は、いつもと異なるラミィの姿に注意を向ける。
 「ラミィ、今日は外で仕事なのか?」
 「うん、ちょっと……。その、ダーマまで行ってこようかと思って」
 「ダーマだって?・あそこは冒険者たちの職業案内所だろう。そんな所に仕事があるのか?」
 ・パン屋の主人は怪訝そうな顔をした。側でトッポも、キョトンとした顔をしている。ラミィは慌てて手を振って訂正した。
 「ううん、仕事って訳じゃないの。ただ、あたしもよく判らないんだけど、何故だかダーマに行かなきゃいけない気がして……。ダーマ神殿で、何か大事な事が起こりそうな気がするの。だからあたし……」
 ・その言葉を聞くと主人は急に表情を固くし、そして納得したように言った。
 「私はただのパン屋だ。だから難しい事は分からんが、お前がそう言うんなら行って来るといいさ。っとそうそう、こいつを持って行きな」
 ・そう言うと主人はパンを幾つか見繕って袋に入れ、ラミィに差し出した。その顔は、優しく微笑んでいた。
 「ありがとう、おじさん。でもあたしはいいから、それはトッポにあげて」
 「気にするなよ、こいつには後で別のをやるから」
 「え、おっちゃん。いいのか?」
 ・思わぬ主人の言葉にトッポは耳を疑ったが、主人はそんなトッポの頭に手を置いて続けた。
 「こいつの事は私に任せておけ。くれぐれも気をつけるんだぞ、街の外には魔物がうろうろしてやがるからな。それと、帰ったら必ずここに寄るんだ。お前に伝える事がある」
 「何?・おじさん」
 ・ラミィは問うたが、しかし主人は首を振るばかりだった。
 「……、判ったわ。帰ったら一番にここに来るわ。それじゃ、行って来ます」
 ・そうしてラミィは二人に見送られ、ルークラッドの街を後にした。
 
 ・それは街を出て半日程経った頃だった。ラミィの前に、突然見慣れぬ魔物が飛び出して来た。
 「きゃっ、何こいつ。黄色い……スライム?」
 ・ラミィの前に立ちはだかり、今にも飛びかかって来そうな様子を見せているそれは、紛れもなくスライムであった。スライムと言えば青く柔らかな触感で、跳ね回って攻撃を仕掛けて来るがその力は弱く、旅慣れぬ人間でもそれ程恐れることはないモンスターである。しかし今ラミィの目の前にいるのは、普通のスライムとは明らかに異なっていた。通常より二回りほど大きく、色は黄色で体中に黒い斑点が浮き出ている。そしてやや好戦的で、ラミィの周囲を油断無く跳ね回っている。
 「ぶちのあるスライム……、こんなの見たこと無いわ。そう、ぶちスライムってとこかしら」
 ・ラミィは初めて見る変種のスライムに、魔の力が増大している事を悟った。
 「いいわ、最初の相手ならこんなところね。さあ、かかって来なさい」
 ・その言葉を戦闘開始の合図と受け取ったか、ぶちスライムは跳ね回るのを止め、一気に体当りを仕掛けて来た。一瞬の隙をつかれてラミィは思わず後ずさるが、腰のナイフを構えると反撃に出た。
 「普通のスライムより大きくって、狙いがつけやすいわ。これなら!」
 ・しかしぶちスライムはラミィの一撃を躱し、大きく飛び上がった。その瞬間をラミィは逃さなかった。
 『ピギィーーーッ』
 ・ナイフに反射した光が一筋の残像を残し、ぶちスライムの体は真っ二つに分かれた。そして地面に落ちたそれは黄色い泡となって、やがて消えてしまった。
 「ふぅ、ま、こんなもんかな」
 ・初戦としてはまずまずの結果であった。しかし、たかだか五日の旅でも気が抜けない事を、嫌でも知らされた一戦でもあった。ラミィは気持ちを新たにすると、再びダーマ神殿を目指して歩き始めた。
 ・そして五日目、ラミィは幾度かの戦闘をくぐり抜けて無事神殿へと辿り着いた。到着したのが夕方だったせいだろうか、思ったより人の数は少なかった。ひやりとした空気の中、ラミィは周囲をゆっくり観察しながら奥へと進む。
 「ダーマ神殿へようこそ。あなたも職の道をお探しですか、お嬢さん」
 ・奥の間への入口にいた、兵士の格好をした男が尋ねてくる。
 「あ、いえ……。あたしは、その」
 「神官様は、ここを入って奥の方におられます」
 「あ、はあ。どうも……」
 ・ラミィは頭を下げながら、更に奥へと入って行った。アーチ状の入口を抜けると、すぐそばの壁に大きなタペストリーが掛けられていた。そこに描かれていたのは、瞳に不思議な光を宿した青年の絵であった。その絵を見た瞬間、ラミィは何か強く惹かれる物を感じた。それが何なのかは解らなかったが、しばし注視していると後ろから一人の老人が声をかけてきた。
 「それは、伝説の勇者様の絵じゃよ。お主がラミィじゃな」
 「え、どうしてあたしの名前を?」
 ・不意に自分の名前を呼ばれて、ラミィは戸惑った。確かにここへは、父に連れられて一度来た事がある。だがそれは、ラミィがまだ二歳になったばかりの頃の事だ。辛うじて床の模様などは記憶の片隅にあるが、顔などすっかり変わっているはずの自分の事を知っているなどとは予想もしなかったのだ。その老人はラミィの横に立ち、絵を見上げながら言った。
 「儂はここの神官を務めておるのじゃが、実は昨日の夜夢を見てな。その夢に精霊ルビス様が現われてこう仰られたのだ。明日の夕刻、一人の少女が訪ねて来る。名はラミィ。倉庫の片隅の小さな箱、その中に入っている物を彼女に渡しなさい、とな」
 「精霊、ルビス様……?」
 「うむ。かつて地上に魔王が現われた時、世界を救って下さった勇者様に力を貸されたお方じゃ。もはや伝説にしか存在せぬとばかり思っておったのじゃが。お主は一体……」
 ・神官はラミィの目を見つめた。そこには微かだが、絵の中の勇者に似た輝きが感じられた。
 「ともかく儂はすぐに倉庫を調べた。そして、確かにそこには小さな箱があった。神官になって五十年の儂でさえ知らなかった物じゃ。じゃから儂は夢を信じて、こうしてお主を待っておったと言う訳じゃ。そしてお告げの通りお主は現われた」
 「その、箱に入ってた物って何だったんですか?」
 ・神官は答える代わりに、そっと右手を差し出した。その手の平に乗っていたのは、差渡し小指ほどの長さの、古惚けたメダルの様な物であった。表面には何やらジグザグの溝が彫られ、その周りに古代の文字と思しき文様が刻まれていたが、なにぶんボロボロに朽ちかけており錆の様な物がこびりついていて、はっきりとは判らなかった。
 「これは一体……」
 「それが儂にも判らぬのじゃ。さっきまで書庫で調べておったのじゃが、これについて書かれた書物は見つからなかったのじゃよ。ただルビス様はこれをお主に渡すよう、この儂に託された。さあ、受け取ってくれるな」
 「…………」
 ・しかしラミィは、一瞬返事に詰まった。
 「どうしたのじゃ?・受け取ってくれぬのか?」
 「判らない、判らないんです。あたしがここに来たのも、ここで神官様と話をしている夢を見て、それで行かなきゃいけないって思って……。でも、どうしてあたしなんですか?・何故ルビス様はあたしにそれを?」
 「その答えは儂には判らぬ。じゃが、一つだけ言える事がある。それは、お主の瞳もまた伝説の勇者の如く輝いておるという事じゃ。今はまだその輝きは小さいが、恐らくお主には何かの資質があるんじゃないかの。儂も五十年ここで人を見て来た。少なくともこの目は節穴ではないつもりじゃよ。じゃが儂に託されたのは、それをお主に渡す事だけ。それをどうするかは、お主自身が考え決める事じゃ。さあ、今夜はここに泊まって行くがよい。一晩ゆっくり考えてみる事じゃな」
 ・ラミィは取り敢えずメダルを受け取ると、案内された寝室で休むことにした。ベッドに横になり、ぼんやりとメダルを見つめてみる。だが、メダルは何も答えてはくれなかった。そして慣れぬ旅で疲れが出たのだろう、いつしかラミィは深い眠りに落ちていた。
 
 
 (三)
 
 ・翌朝目覚めたラミィは、帰り支度をして神官の元を訪れた。その顔には、まだどこか迷いが残っている様だった。神官の前に来ても、メダルを手にうつむいたまましばし黙していた。神官は、そんなラミィが口を開くのをじっと見守っている。
 「……、あ……、その……」
 「よいのじゃ。恐らくこれはお主の運命に関わる事。よく考え、答えを出すが良かろう。儂には無理強いする権利はないからの」
 「済みません。あたし、まだよく解らなくて……」
 ・ラミィはメダルをぎゅっと握り締めると、横の壁に掛かっているタペストリーに目をやる。精悍な顔つきの勇者は、何を思っているのだろうか。何を考え、どんな気持ちで旅立ったのだろうか。絵の中の勇者は何も語らない、何も答えない、何も……。やがてラミィは神官に向き直り、決心したように答えた。
 「神官様、これ、受け取ります。精霊ルビス様があたしに何をさせたいのか、それはまだ解りませんが、街に戻ってもう一度考えてみます。夢の意味、このメダルの意味、そして神官様があたしの瞳に見たという輝きの意味を」
 ・凛とした声が静まり返った神殿内に響き渡ると、それを合図に急に辺りが暗くなり始めた。そしてそれも束の間、精霊をモチーフにした天井のステンドグラスから一条の光が差し込んで来た。その暖かい光はラミィをそっと優しく包み込み、鈴の音のような声が聞こえて来た。
 『ラミィ、ラミィ。私は精霊ルビス、私の声が聞こえますか?』
 「なんと、精霊様のお声が!?」
 ・神官は台座から降りると、慌てて平伏した。
 「ルビス、様なのですか?」
 『ええそうです。ラミィ、ようやく心を開いてくれましたね。今までも呼びかけていたのですが、あなたの心に疑惑や戸惑いがあり、私の声が届かなかったようです。でも、今あなたは決心しました。まだ迷いは僅かに残っている様ですが、それでも心の中のざわめきは落ち着いています』
 「そ、そんな事まで判るのですか?」
 ・ラミィはルビスの力に驚いたが、気を取り直して尋ねてみた。
 「ルビス様、教えて下さい。あたしは、一体どうすれば良いのですか?」
 『ラミィ、どうやらあなたには突然過ぎた様ですね。でもそれも致し方ないこと。よろしい、あなたが為すべき事を、あなたの運命を伝えましょう。今この世界に何が起きているか、大体の事は判りますね』
 「はい。十三年前に魔物が現われて、みんな苦しんでいます」
 『そう。かつて勇者が大魔王を倒して平和を取り戻してから千年、周期の関係で神の力は弱まり魔族が復活を遂げてしまいました。あなたに託したそのメダル、それは魔族の復活と深く関係しているのです。もう余り時間がありません。こうしている今も、魔の波動によって人間界と天界が隔てられているのです。はっ、いけない。もう……が……途絶え……。ラミ……、メダル……、私……』
 ・突如ルビスの声が途切れ、光は薄れ始めた。
 「ルビス様、よく聞こえません。あたしは、あたしはどうすればよいのですか?」
 ・ラミィは強く念じた。するとその祈りに答える様に、再び光が強くなる。
 『ラミィ、四つのメダルを集めるのです。そして私の元へ来なさい。待っていま……』
 ・そして、光は完全に消えてしまった。
 「四つのメダル……。魔族の復活……?」
 「ラミィよ、どうやらお主の運命はとてつもなく大きな物の様じゃな。迷うのも無理はない。じゃが、人に与えられた時間は短い。よぉく考える事じゃ。後悔だけはせぬようにな。それと……」
 ・神官はラミィに近寄ると、その手を取り口の中でなにやら呟いた。その口の動きが止まると、ラミィの手が一瞬ぼぉっと光る。
 「お主の決断がどうあれ、いずれ何かの助けとなるじゃろう」
 ・その言葉の意味は、呪文という形となってラミィの脳裏に浮かび上がった。
 「メ……ラ……。ホイ……ミ?・これは…………。ありがとうございます、神官様」
 ・ラミィは一礼すると、神殿を出て街への帰路についた。その少し後方の樹の上、一つの影がラミィの背中をじっと見つめていたのだが、彼女はそれに気付く事はなかった。そしていつの間にか、その影も消えていた。
 
 ・精霊の加護だろうか、不思議なことに帰りの道に魔物の姿は見当たらなかった。行きより一日少ない四日間でルークラッドに帰り着いたラミィは、約束通りまっすぐパン屋に向かう。ラミィが戻って来る日に見当がついていたのであろうか、間もなく太陽が天頂に差しかかろうというのに、店は開いていなかった。ラミィは裏口に回ると、戸を開けて中に入る。
 「ただいま、おじさん」
 ・主人はラミィに背を向ける格好で椅子に腰かけていたが、ラミィの声に振り返ると向かいの椅子をすすめた。
 「その顔は、何か迷っている顔だな」
 「判るの?」
 「私だって、だてに歳はくっとらんよ。九日前のあの日、お前さんがダーマ神殿に行くと言った時、正直驚いたよ。まさか本当にこんな日が来るとはなぁ」
 「どういうこと?・おじさん、あたしのこと何か知ってるの?」
 ・主人は黙って立ち上がると、隣の部屋へと消えた。しばらくして戻って来たその手には、一振りの剣が握られていた。かなり幅広で赤銅色をしたその剣は、全体に網の目の様な模様が入り、何とも不思議な形をしていた。主人はその剣を机の上に置くと、再び椅子に腰を下ろした。
 「ラミィ、これはアウザーがお前に遺した物だ」
 「父さんが?」
 「何でも古くは、お前のひい爺さんの代から伝わってる剣だそうだ。十三年前のあの日、あいつはこう言った。もし自分が戻らないような事があったら、十六の誕生日にこれを渡してくれってな。どういう事だって聞いたら、それがラミィの運命だからって答えたよ。お前の旅立ちに必要だ、とな」
 「…………」
 ・ラミィはメダルを取り出すと、剣と交互に見つめる。すると一瞬だがメダルと剣が共鳴し、奇妙な輝きを見せた。それはすぐに収まったがラミィには、微かだがメダルの温度が上昇したように感じられた。
 「今のは一体……。ラミィ、神殿で何があったんだ?・アウザーは詳しい事は何も話さなかった。時が来れば、自ずとラミィに真実が伝えられるとしかな」
 ・ラミィはどう話してよいのか判らなかったが、やがて決心したようにゆっくりと語って聞かせた。
 「……、そうか。それで、お前さんはどうするつもりなんだ?・どう、したいんだ?」
 「どうするって言われても。はっきり言って、あたしまだ混乱しているの。あたしの運命って何なの?・父さんはどうしてこんな剣を遺したの?・何故、今日この日の事が判っていたの?・あたしには何もかも判らない事だらけ。魔族の復活に関係しているメダル、それを集めろって……。あたしに魔族を退治しろって言うの?・確かに剣の修行はしたわ。神官様に呪文も教えて頂いた。でも……」
 「ふぅむ。ラミィはその謎を、疑問のまま残しておくつもりなのか?」
 「…………、判らない」
 ・本当はラミィの心は、八割方固まっていた。だが、更なる一歩を踏み出すにはまだ勇気が足りなかった。
 「とにかく、今日はもう疲れたろう。家に帰ってゆっくりお休み。そうすれば気持ちもおちつくだろう」
 ・ラミィはうなずくと、剣を手にして家に戻った。ベッドに横になったラミィは、もう一度剣とメダルを交互に見やった。疲れているはずなのに、泥のように眠りたいはずなのに、何故かその夜はなかなか寝つけなかった。
 
 ・次の日、ラミィは教会へと赴いた。正確には教会ではなく両親の墓前を訪れたのだが……。
 「父さん、この剣は一体何なの?・あたしはどうすればいいの?・今日、あたしは十六歳になったわ。もう一人前、大人の仲間入りね。旅だって出来るわ。そりゃぁ、魔物は怖いけど……」
 ・十六歳、それはかつて勇者が冒険に旅立ったのと同じ年齢であった。だがラミィは、その意味を知らない。その時、背後から聞き覚えのある声がした。
 「姉ちゃん、旅に出るってホントか?」
 「トッポ……。おじさんに聞いたの?・正直、まだ迷ってるの。本当にあたしに特別な力があるのかどうか。それに……」
 「ラミィ姉ちゃん、ひょっとしてオレの事を気にしてんのか?・だったら見くびってもらっちゃ困るぜ。こう見えてもオレ、もう立派に一人前だぜ!」
 ・トッポは、少々大げさに胸を叩いて見せる。
 「なぁに言ってんのよ。まだまだ子供よ、あんたは。でも、トッポが気になるって言うのは口実かもしれない。本当は心のどこかで魔物となんか戦いたくないって、逃げ出したいって思ってるのかもしれない」
 「姉ちゃん。オレには姉ちゃんに不思議な力があるかどうかなんて判らない。でも、もし本当にそんな力があるんなら。ラミィ姉ちゃんに世界を救う力があるんなら。戦ってくれよ、オレの父ちゃんと母ちゃんの仇をとってくれよ!」
 ・トッポは悲痛な叫びをラミィにぶつけた。
 「姉ちゃんは、お父さんの、アウザーさんの仇を討ちたいとは思わないのか?」
 「…………。そうね、仇は討ちたいわ。でも魔物を倒す旅に出るって言うのは、そんなに簡単じゃないの」
 ・そこへ、一人の男が近付いて来た。
 「ラシドから聞いたよ。精霊様は、メダルを集めろとしか言わなかったそうじゃないか」
 「神父様……」
 「何も運命だからって、ラミィが全て背負い込む必要は無いんだよ。いきなり魔族を倒すったって、そりゃ無理な話だ。だから、出来る事から始めればいいんだよ。そのうちきっと必要な力が得られるはずだ。それは神様の力かも知れないし、頼りになる仲間かもしれない。だがここで一歩踏み出す事をためらっていては何も始まらない、違うかい?」
 ・神父は優しい声で問いかけた。それは強制でもなく、かと言って突き放しているのでもない。ラミィは何かがふっ切れた気がした。
 「ええ神父様。あたし、やってみるわ。どこまで頑張れるか判らないけど……。父さん、母さん。あたし、行きます。あたしに課せられた運命を、その謎をこのままほっとくなんて性に合わないしね。トッポ、そういう訳だから、少しの間寂しくなるけど……」
 ・ラミィはトッポに向き直る。
 「姉ちゃん、オレは泣かないぜ。大人だからな」
 ・そう言いながらトッポはくるりと踵を返す。うつむいたその目からは、大きな雫がこぼれ落ちた。
 「だから姉ちゃんも、辛い事があっても泣くなよ。約束だぜ。それで、無事に帰って来てくれよ。これも約束だ」
 「ええ、解ってる。トッポを一人にしたりしないわ」
 ・返すラミィの声も、心無しか震えていた。
 「神父様、ラシドのおじさんと一緒にトッポの事を頼みます」
 「ああ、分かってるよ。気をつけて行って来なさい。それと、旅立つ前にギルドに寄って行くといい。何か役立つ話が聞けるかも知れないからね」
 ・こうしてラミィは精霊ルビスの導きによって旅立つ事になった。それは、長い長い旅になりそうだった。

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