授業について
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授業とは学校で学問・技芸などを教え授けることですが、当然生徒には教科書主
体で進めていくわけです。では授業の進行はどうなっているかというと年間指導計画が
あり、例えば数学では年間授業時間は○○時間、その中の各節についても○時間と
配当時間が定められています。時間が決められているということは、その部分の
内容を理解している生徒が仮にクラスの数%でも次の内容にいかざるをえないと
言うことです。つまり生徒1人ひとりの理解度に合わせた授業ではないのです。
結局生徒達は自分の力で授業についていかなくてはなりません。そして家に帰っ
ても「勉強しなさい!」と口やかましく親に言われます。テストの点が悪いと
「授業をちゃんと聞かないから出来ないのよ」とも言われます。確かに親の時代は授
業をちゃんと聞いていたら、かなり理解出来ていた部分はあります。何故なら親
の時代は現在の生徒達が学習している内容(量)よりはるかに少ないのです。
3年間で学習する内容
親の時代・・・206単元 → 現在・・・376単元 (+170単元)
3年間の授業時間
親の時代・・3535時間 → 現在・・3150時間 (−385時間)
となっています。つまり現在の生徒達は親たちが中学校3年間で学習した内容(量)
の約2倍をこなさないといけないのです。それも授業時間が親の時代よりもはる
かに少ない中でです。これは昭和55年より変更されました、(今後改正される予定)
親の時代は学習内容が少なく授業時間もたっぷりとあるので授業の始めに前の授
業の復習をしてくれていたのです。だから生徒達は前の授業で少々聞き落としが
あたとしても授業さえ聞いていれば何とかなったわけです。でも今はどこかで
つまずくと復習はありませんので、いくら授業を真剣に聞いても、つまずいた所より
後は理解できません。あなたにそんな経験ありませんか?
そうしてこうした授業形態に「新幹線授業」という代名詞がつけられました。また
そんな中から「落ちこぼれ」という代名詞も生まれました。
次に教えていく内容に関して説明していくと、授業の進行が決められているよう
に授業の内容も何故に教師用指導書を配布し、それに準じて授業しなさい授業内容
の統一をはかっています。
それでなくては、いくら教師といえども経験での指導が先走り、各クラスまし
てや各学年共通の授業形態はとれません。その共通性をもたらすために指導書には、
「基礎」・「応用」・「発展」の3つに分かれています。
「基礎」:教師は生徒に絶対理解してもらいたい所、又生徒は先生の授業を聞いて
実際自分で学習するときに、絶対理解していないと授業についていけない所だし、
中間・期末テストさらに高校、大学入試において理解しておかないと大変困るもの
「応用」:大切な「基礎」を理解さすため例題などを用いて指導するもの
「発展」:授業の都合によっては指導しなくても良いところ
学習内容に関して配当時間が決められているけど「基礎」、「応用」、「発展」においては
どう配当しているのでしょうか?
ちなみに一番大切な「基礎」は50分授業の中でどのくらい教えていると思いますか?
エッ!どうしてと思うかもしれませんが、実際5〜7分と言ったところです。
なぜかというと国が打ち出している教育レベルがかなり高度なわけですから実際
こういうふうになってしまうのです。だから1回の授業で「基礎」を理解している生徒
はクラスの1割、多くても2割以下です。それからいつも「基礎」を1回1回の授業で
理解している生徒は同じ顔ぶれです。他の生徒はどうかというと、各度合いは
違うにしても少しずつ授業についてこれないわけです。
では50分の中で何に時間を多くとっているのかというと「応用」です。大人の方も
学生時代の事を思い出してもらえればわかると思うのですが、黒板に問題をかかれて
それを解くとか、「何ページのここの問題をやりなさい」とか授業中、問題にかなり時間を
取ってたと思いませんか?そして前から順番に答えを言わされたり、
その日の日数の同じ出席番号の生徒に答えを言わせる先生もいたでしょう。
「基礎」を理解させるために「応用」を使いながらという作業中心の授業なのです。宿題にしても
ドリル、ワーク、演習長という「応用」の作業中心です。つまり「応用」に時間をかけ「基礎」を
定着させる意図があるのですが、「基礎」を理解していなければ「応用」は出来ません。「応用」が
出来なければ「発展」はとうてい無理です。
そして教師のサラリーマン化の進む現在、授業は機械的なものです。だから全教科
「ここが「基礎」だからしっかりやりなさい」など言ってくれません。
だから結局生徒自身が「基礎」を見つける事が出来るのなら、「落ちこぼれ」なんて
いませんよね。義務教育を卒業して今この文章を読んでいるあなた!当然、
余盾を感じると思いますが、でもこれが学校教育の現状なのです。